大きな歓声が上がった。 どこからともなく『15人抜きだ!』と言う声が聞こえてくる。 先ほどまで彼を取り囲んでいた記者たちは、一斉にそちらへ向かった。 それに気を悪くするでもなく、流川楓はそれでよいと思った。 めんどくさいインタビューを受けなくてすむし、なにより人が多いところは好きではない。 その15人抜きをやってのけた人物に感謝すらしたいくらいである。 みなの視線が一気に移ったので、軽くふぅと息を吐くと人気のないところへ移動する。 次の試合まで4試合。まだまだ休憩は取れそうだ。 今年で何十周年目かを迎えるこの少年玉龍旗大会も中盤に差し掛かってきた。 県内はもちろん、県外からも多く少年少女たちが参加するこの大会は、中学生のにしては珍しく、勝ち抜き戦である。 勝ち抜き戦の見所ともいえよう、先鋒はもちろん流川が勤めている。 ○○人抜き、というものは、先鋒しか味わえない、一種の特権でもあった。 しかし、それに比例しプレッシャーも大きくなる。 先鋒には強い選手をもってくる、となると当然次鋒以降がどうしてもレベルが落ちてしまうのが難点だ。 全員のレベルが高く、大将に強い選手をもってくる学校もあるが、目立った選手がほとんどいない学校は先鋒戦にすべてをかけてくる。 流川の学校は典型的な後者であった。 決して下手ではないが、やはり決定打に欠ける―そんな選手が多かったのだ。 流川はまだ2年だが、彼の学校で一番強かった。だから先鋒に抜粋されたのだ。 試合に出れなかった3年ももちろんいるし、彼のことを恨むやつも少なくはなかったが、チームのためしぶしぶ認めた。 彼にはそれ相応の実力がある。それがわかっているからこそ、やはり悔しかったりもするらしい。 「流川、ちょっと見に行ってみねーか?」 ふと、声をかけられ流川は顔を上げると、彼のチームのキャプテンがタオルを片手に立っていた。 彼はよく人付き合いが苦手な流川に話しかけてくれた。ちなみに今回の大将を務めている。 「…?何を?」 流川はぶっきらぼうにそう返す。 「なにいってんだよ、さっきの15人のやつだって!」 ああ、そういえば先ほど騒がれていたな、とどこか別の場所で起こっているように流川は感じた。 15人抜きか、その程度の認識だったため、流川のおざなりの脳みそからはとうに忘れ去られていた。 「お前さっき10人抜きしたのに、そいつに活躍とられて悔しくねぇの?」 ぴくっ、と形のいい眉が動いた。 活躍がどうとか、注目を浴びなかったのが悔しいわけではない。 ただ、自分の上をいった、15人抜きをした、そこが妙にムカついた。 どんなプレイをするのだろうか、そう思った。 「行くっす」 考えるより先に行動で示す流川は、すっと立ち上がると、どこでやってんすか、とタオルを持った男に尋ねるのだった。 +++++ ぱあーん、と小気味よい音が響く。 ば、と一斉に赤い旗が3本あがった。 見事な面が、白の中堅の頭に。誰が見てもきれいな面だった。 「すげぇな」 本当に感心したように、 隣にいる彼は言った。 流川はその言葉も頭に入っていないらしく、ただ、一心不乱に赤の先鋒の様子を食い入るように見つめた。 はじめっ、という主審の声と共に2本目が始まる。 相手は焦っているらしく、いきなり勝負を仕掛けてきた。こういうときこそ冷静にならなければならないのに―だ。 そんな相手に対し、赤の先鋒は笑った。 少なくとも流川には、そう見えた。 相手の振りかぶり面を、自分の竹刀を軽くあげることによってかわし、そのまま面返し胴へ。 流れるような動きに、誰もが息を呑んだ。 竹刀と胴とが当たる音は、先ほどの面の音より数倍はよく、流川の頭へすぅーっと響いた。 こんなに綺麗な抜き胴を見たのは初めてかもしれない。 先ほどと同じように、赤旗3本があがり、完全に赤の勝ちであった。 張り裂けんばかりの歓声と、盛大な拍手がその選手に送られた。 結局これもストレート勝ち、つまり20人抜きというわけだ。 知らず知らずのうちに流川の拳は握り締められ、汗が滲み出していた。 彼とやってみたい、と本気で思った。 ―仙道彰 それが彼の名前だった。 <<<BACK |
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