人間はいつもと同じ行動をとっているときに、一番油断するものだと思う。
実際、何十年間も車に乗っているベテランドライバーが事故を起こしたりするし、逆に、初めての環境で緊張しているときほど、何事もなかったかのように過ぎてゆく。


だからこれは、油断していたのだ。というと言い訳に聞こえるかもしれないけれど、常に周りに気を張り巡らせている人間なんて、世界中を探してもほんの数人しかいないと思う。
つまり、本当にこんなことが起こるなんて、誰にも予想できなかったのだ。
――もちろん行動を起こした本人を除いて、だが。




最近発売したスナック菓子(美味しいと、部内で評判だった)が売っていたのでそれを一袋と、毎週買っている漫画を一冊、ホームで列車を待っている間に買った。
ここの販売員のおばさんとは顔見知りになってしまっていたので、元気にやってる、という言葉に仙道は笑って対応した。
待っている間に、それを食べてもよかったのだが、仙道はそうしなかった。
マナーのことを考えて、というわけではなく、ただ仙道はスナック菓子を食べながら家でゆっくりと雑誌を読む時間が好きだったからだ。
その時間だけは誰にも邪魔をされず、本当に自分だけの時間だった。そんな時間が好きだったのだ。
とりあえず、右肩にかけていたスポーツバッグを下ろし、その中にそれらを入れると、一両目のドアが来るところで列車を待った。


プルルルルル…という音の後に、女性のアナウンスが構内に流れる。
この時間は特急列車が一本、通過していくのだ。
この駅には止まらないので、仙道はそれが通る様子をいつも見ることができるのだ。
たまに、ほんの一瞬だが、乗客が見えるので、今日は何人見ることができるだろうか、とそう思っていた。

しかし、それが叶うことはなかった。





別に自慢できるということでもないが、仙道は自分自身、普通の人よりは他人の気配というものに敏感だと思っている。
だから、女の子たちが教室の隅でこそこそと話していたりすると、なんとなく、自分のことを言っているんだろうな、とわかってしまう。
案の定、彼女たちの内の一人が後で告白してきたりするのだ。(もちろん丁重にお断りさせていただいたが)
街を歩いている時だって、視線を感じるときもあるし、相手が自分に好意を持っているか、いないかということも、その人の出す感じでわかってしまうのだ。
バスケをやっているせいだろうか、誰かが動いたりすると、たとえそれが背後で行われていてもやはりなんとなくわかるのだ。
そういうのを得だとか、不便だとか、うっとおしいとか、そんな風に思ったこともなかった。
ただ、この時ばかりは本当に後悔というには語弊があるかもしれないが、それでも『なぜわからなかったのだろう』と思った。
―まったく気配を感じなかったのだ。





背中―ちょうど肩甲骨と腰骨との中間あたり―に手のひらの感触がした。かと思うと、気付いたときには仙道の体は前へ倒れようとしていた。
本当に、一瞬の出来事だった。
そんなに強い力だったとは思えない。効果音をつけるとしたら、トンッ、といった感じだ。
それにもかかわらず、仙道の体は線路内へと落ちていく。


時間がとてもスローモーションで過ぎていく中、きっと死ぬほど痛いんだろうな、と思った。
いや、そんな痛みも感じずに死んでしまうのだろう。仙道の頭は変に冷静だった。
不思議と恐怖感というものはなかった。
というのは嘘で、やはり少しだけ、怖い。
しかし地球の重力にはどうあがいても逆らえず、ただその身を任せるしかなかった。
親が悲しむだろうな、とかチームメイトたちはこれからどうするのだろう、とかあのスナック菓子を食べてみたかったとか、いろいろな考えが(どうでもいいものまで)一気に仙道の頭の中を駆け巡る。


不意に、背中を押した人物が誰なのかが気になった。もうとっくに逃げているだろうが、何もせずに死ぬより、行動を起こしたほうがよいと思ったからだ。
空中でぐっと力を入れて、なんとか上半身をホームのほうへ向けさせるのに成功した。


初めに見えたのはコンクリート。その後はスニーカーを履いた靴。
そして、ちらり、と顔が見えたとき、妙に安心した。
ああ、やはり彼だ。
なんとなくだが、そんな気がしていたのだ。
こんなときに勘が冴えても困るなと思った。
その時、

ばちり

2人の視線が、しっかりと絡み合った。



彼は逃げようともせず、立っていた。
いつもの無表情がさらに増しているようだ。
そうやって、仙道の最期を見届けようというわけか。
―上等だ。


ホームにいる数人がさすがに気付いたらしく、甲高い女性の悲鳴が耳に入ってきた。
駅員は起こっていることをただ呆然と見つめている。



視線だけは決して彼から外さなかった。
彼が何を思ってこんな行動に出たのかはわからない。そして、なぜ仙道なのかも。
わからないが、怒りや憎しみを抱いても決しておかしくはないのに、妙に納得している自分がいて、ひどく滑稽だ。
ここまで自分を納得させる彼に、なにか、この少年になにか残せまいか。
そう思ったとき、仙道は、


笑った。


死ぬかもしれないときにどうかしているかもしれない。
しかし、仙道にできることは、これしかなかったのだ。
そんな仙道に対し、今まで無表情だった彼は、ひどく(目を見開くほど)愕いた顔をした。
初めて見る顔に仙道は満足し、これできっと、彼は自分の笑顔を一生忘れることはないだろう、と思った。



パァー、っと警笛を鳴らす音がする。
彼はその音にぴくりと肩を揺らした。
一瞬そちらへ視線を向け、しかしすぐに仙道に戻すと、ゆうるりとその表情を変えた。



最期に仙道の視界を占領したのは、彼の笑顔と、特急列車の眩しすぎるヘッドライトの光だった。




『雷光の走るが如し』
とても、とても、短い時間の出来事

ぷらすシリーズ
ごめんなさい、仙道さん殺しちゃいました…;
仙道+流川でぷらすシリーズ。
くっついてない2人や、甘い雰囲気ゼロの2人の話になりそうです
2005.3.19

 

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