一万円はどこに消えたかということ


流川楓、は一万円札を握り締めてここ、スーパー丸田で途方にくれていた。
風邪をひいた仙道の家に上がり込んで、買い物を頼まれたのだ。
見舞いなんて生優しいことをしない流川が、なぜ仙道の家に行ったのかは置いておいて。
流川は立ち往生していた。野菜コーナーで。
特有の、あの冷気が手先からぞくぞくとしみ込んでくる。どこか青臭い匂いもツンと鼻をついた。
対して何も考えずに仙道の財布から持ってきた一万円札は、ポケットの中でくしゃりと音をたててまた折られた。

「(なに買えばいいのかわかんねぇ)」

流川は愕然といった表情でそう思った。
仙道からは、鍋の食材を買ってこい、としか聞かされていない。
目の前には緑、緑、緑、黄、緑、赤、緑の配置で野菜たちが並んでいる。
一見、同じ様に見える葉っぱの野菜の見分けは到底つかなかった。
それに買い物だって、行った事は少ないから。鍋に入ってる野菜が、元はどんな風な野菜なのか分かるはずがない。
多少開き直りながらも、流川は一応野菜コーナーをひと回りした。
分かるのは、にんじんとたまねぎときゅうりとトマトと........。といった、小学生レベルの野菜ばかり。
あと、普通鍋に入ってる野菜って言えばシイタケと白いキノコとこんにゃくの麺。
我ながらの曖昧な記憶に、流川は頭をバリバリと掻いた。
あー、めんどくせぇ。んなもんなら、さっさと帰れば良かった。
野菜コーナーを睨む美形ほど、間抜けな絵面はなかった。

一方、仙道は。
朝に飲んだ薬がやっと効果をしめしてきたのか、体調はかなり良くなってきた。
冷や汗もとまり、頭痛もさほどしない。ソファで余裕綽々にあくびをかませる程だ。

「それにしても、流川。ちゃんとお買い物できてんのかなー。」

明らかに茶化した口調でそう呟く。
あいつ、絶対買い物した事なさそう。一人っ子で甘えてきたって感じだもんな。
くくく......不器用な若妻のお買い物、って感じか?
流川はエプロン、っていうより割烹着って感じだなー。裸エプロンもとい裸割烹着、とかマニアック過ぎるぞ、自分。
と、同時に玄関が開いた音がした。
仙道はドキっとしてソファから起き上がり、奥まった玄関に目をやる。
ダッフルコートを着た流川が、狭い玄関で粗暴に靴を脱いでるところだった。

「おかえりー。」
「.......熱、下がったのかよ。」

鼻先と耳が赤いまま、流川はコートを脱ぎ捨てソファに放った。

「まぁね。薬効いてきたみたい。」
「ふーん。」
「お前、ちゃんと鍋の材料買ってきたか?」

仙道はフローリングに置かれているスーパーの袋を見て言った。
食べ盛り2人分の材料にして、少し、いや、かなり少ないボリュームである。
台のようなものが入っているだけで、他の部分はぺしゃんこにへしゃげていた。

「あぁ.....野菜、とか分かんなかったからラーメンにした。」

そう言って、足でビニール袋を仙道の方へつついた。
袋の中には確かにカップラーメンが2つ、入っているのが見えた。
結局、流川は鍋の食材を買うのを断念していた。
どのぐらい何を買えばいいのか分からなかった事もあるが、自分が野菜を分からないという事実に珍しく少し落ち込んだのだ。
やっぱり仙道にはかなわないのか、とここまできても対抗心は燃えていた。
バスケ以外でも、人として寛大な所が見える度に流川は閉口する。
仙道との差を歴然とするぐらいなら、最初から放棄した方が流川にとってはマシである。

「えぇー、鍋楽しみにしてたのに! ラーメンかよ..........。
 寂しい食生活。」

カップラーメンを手に取り、仙道は残念そうに頭を垂れた。
一人暮らしをしているだけあって、仙道は一通りの料理が出来るようになっていた。
最近では、食の美に目覚めて材料やレシピを集めるのも楽しみだ。
比例して料理もどんどんと凝っていたものになり、美味しくなる。
今夜もお手製の鍋をしてやろうと意気込んでいただけに、がっくし落胆の色を隠せない仙道。

「鍋に何入れるか分からなかった。」
「普通、鍋はとり肉と白菜と大根と白滝とか.....。
 なんかあるだろうがっ。」

流川は「はいはい」と生返事をしながら、台所へと消えていった。
流川にとって、仙道の家事の知識は博識に近い。
いったい、あんなにバスケをしてて、なんでこんな事知ってるんだろうと思う事が多々ある。
それが一般常識だとは流川は到底思っていない。だから、そんな自分が仙道に迷惑をかけているとは思ってはいなかった。
仙道も流川の家事音痴にはほとほと困っている。
その事は半ば諦めながら、仙道はカップラーメンのフタを開けた。
待てよ。という事は、俺が主婦もとい主夫になる訳か。
それはいいけど、なんかそれって亭主関白主義の仙道家には刃向かう事だよなー。
でも、男同士で亭主関白も何もないか。
やはり、風邪で脳みそが上ずっているらしい。いつもの仙道ならば考えつかない事も、今日は考えている。
仙道は思い立った様に立ち上がり、台所へと向かった。
ポットを目の前に、流川が立っている。ポットでお湯を湧かすぐらいなら、流川でも出来る。

「湧いた?」
「まだ。」
「コンロの方が早いかも。」

ぼろいやかんに水を入れて、コンロに火をつける。ついでに、と隣のコンロで煎茶も湧かし始めた。
慣れた手つきでテキパキと動く仙道の手を、後ろから流川はじーっと見ていた。
その目線に仙道も気付く。ふふっ、と鼻で笑ってやった。

「料理出来っと、モテるぞー。お前もしたらー。」

なんて、流川が人の目を気にしてないのを知って仙道は言った。
案の定、流川は素知らぬ顔でさらっと無視する。でも、すぐにそれが嫌味だと気付いて、あからさまにムッとした顔をした。
って事は、料理が出来るテメーはモテてるって訳かよ。
流川は口には出さないが、いつもより冷えきった目つきで仙道を睨み殺した。
仙道はわざとらしく笑みを浮かべ、話を変えた。

「お前、まだ耳赤い。寒いか?」
「別に......。」
「鼻だって。」

そういって、仙道は流川に向き合って鼻先をくすぐった。
仙道が優しい口調になる時は、きまって自分をはぐらかす時だ。と、流川は本能的に知っていた。
仙道はさして皆が言う程、優しい奴でもない。
ただ、ここぞとばかりの時に優しく出来る奴だから、その印象が強いのだ。
どちらかというと、マイペースでわがままで。そういう所は流川に似ている。
違う所は仙道の方が世渡り上手、という事だろう。
流川は他人に優しくされるのは慣れていないし、他人行儀な気がして好きじゃなかった。
もっと普段みたいに接して欲しいのに、優しくされると逆に冷めた態度を取ってしまう。
流川が手で払いのけると、そのまま弧を描いて仙道の手は流川の耳に辿り着いた。
微熱持ちの手に、まだ冷たい耳が気持ちいい。
そんな余韻に浸っている途中でも、流川の手が容赦なく払い除けてきた。
負けずに実力行使で仙道がずいっと1歩前に進んで、自分の頬を流川の右耳に当てる。
流川は溜め息を吐く。

「しつけーぞ。」
「俺、病人なのに今日はお前に1回も看病されてない。こんなぐらい許せよ。」

あー、きもちいい。と、温泉に浸かるおやじみたいな口調で嬉しそうに仙道は言った。
流川はもたれてくる巨体を無言で受け止めていた。
確かに外は寒かったから、あったかいのは有り難い。
けど、なんか、こういうのは、いつもだけど、すごく、恥ずかしい。
優しくされるのは好きじゃないけど、恥ずかしい。
冷めた態度をとってしまうのは、この感情を気付かれない為でもある。

「おら、もう離れろ。」
「お前なんでこんなに肌冷たいの? 低血圧?
 顔からしてそんな感じだけど、それならレバーとかもっと食えよ。
 レバーはなぁ、血に重要な鉄分作ってくれんだぞ。」

真面目な事を言いながら、仙道の声は既に笑っている。
流川もあきれ顔で聞いていた。

「足腰強くするんなら、」

そう言っておもむろに仙道の手が動く。

「もっと食わないと、な。」

そして、流川のお尻をばんばんと勢いよく叩いた。
ジーパンの後ろポケットに入っているらしい小銭がじゃらと鳴った。

「てめっ!」
「だっ! 鉄拳はやめろっ。」

そういえばさ、と何食わぬ顔で仙道はまた話を始めた。

「お釣りは? 返してくれよ、貴重な生活費。」
「..............」
「機嫌直せってー。最近、シてないからさして痛くなかったろ?」
「そういう問題じゃねぇよ。」
「そういう問題じゃなかったら、機嫌直せ。はい、これ命令。
 で、釣りは?」
「.......釣り、は帰る途中で、三井先輩と宮城先輩に会って。」

流川は途切れ途切れに喋りだした。

「『金貸してくれ』って言われたから、三千円ずつ渡して。
 腹減ったからアイス食って、ついでにたいやきも。それで、靴屋に借金してた分返して。」

何となく先が読めてきた仙道は、じょじょに流川から身体を離していた。
流川はおもむろに後ろポケットに手を突っ込んだ。

「そしたら、これだけになった。」

流川の手に乗っているのは、五百円玉と百円玉二枚と五十円玉一枚に一円玉三枚。
怒りを通り越して絶望に近い顔をしている仙道をしり目に、
仙道が離れてくれて動悸も赤面も止まった流川は意気揚々と沸騰したポットを手に台所から出ていった。

「一週間分の、食費が.....。」

うわごとの様に仙道が呟いた言葉は、沸騰したやかんの音にかき消された。

結局、一万円は七百五十三円になって仙道くんの手元に舞い戻ったということ。
そして、仙道くんと流川くんは、なんだかんだいって相思相愛だということ。



わーい♪咲さんのサイトで1万ヒット踏ませていただきました。

そしたら、こんな素敵小説いただいしゃったよ(日本語がいえてない)

しかも「日曜日に風邪」という咲さんのオフ本の続きだったんですけど、

わざわざ送ってくださったんです〜!(^^)!

咲さん優しい〜vv大好きです〜☆

 

1万円が753円に…。おそるべしっ!

 

 

 

 

 

 

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